22th サロマ湖ウルトラマラソンン 完走記2007年6月24日 曇り時々晴れ
                                                                                  10時間41分22秒(グロス)10時間41分6秒(ネット) 45歳から54歳の部で105位/453人 一般男子の部で351位/1450人


 北海道は広い。

 横浜から遠方でもあります。今回はその遠さより、広さを色々な角度から体感しました。レースだけではない今回の色々な体験を綴るため、3泊4日の全工程についてここに記録します。遠方遠征、特にサロマ湖ウルトラマラソンに参加したこと無いけど、今度行ってみたいという人のために役に立てればと思い、交通や宿泊の詳細にも触れました。
 でも、レース中のことだけでいい!っていう人は、ここをクリックしてください。

1.北海道へ   6月22日(金)   羽田 曇り  女満別から北見 雨

 お昼過ぎから会社にいてもソワソワしてきました。飛行機は羽田5時50分発だから、3時に出れば楽勝、ってわかっていながら落ち着きません。仕事も切りの良いところまで
 2時にはあらかた仕事を済ませたし、26日からの出張用チケットも貰ったし・・・。でも、そうだ、あれもある、これも今度の出張までにやっておかねば・・・。そう、25日に北海道から帰ると翌日にはまたインドへ出張なのです。サロマから帰ってなーんにもできないボロボロな状態、つーのを考えて、準備をすっかり済ませておくのです。

 あーっという間に3時。着替えて3時20分の電車に乗り込みました。余裕だ。大丈夫。これなら4時には羽田に着くでしょう。

 京浜川崎駅のKOBEYAでメロンパンを購入。ある会社の女の子が、メロンパンはKOBEYAが一番!って言っていたので買いたくなったのです。土曜日まではカーボローディングで炭水化物食べまくりです。150円!ちょっとお高いメロンパンですが、夕張メロンパンと銘打ったこのパンは中にメロンクリームが入っていて本当においしかったです。上に乗ったクッキー生地もサクサクしていてOK!北海道行きにタイミングの良い一品でした。

 さて、京浜川崎の駅のホームに上がると変なおじさん(ポロシャツにミドルの短パンでアーミーキャップという出で立ち)がこちらをジロジロ。なにか声をかけたそうな雰囲気が伝わってきたと思ったら、「バッグの後ろが開いてるよ。」っと言われました。
 「あっ、いい、いい。俺が閉めてやる。」とえらく親切で行動的なおじさん。
 「ん?サロマに行くの?」って聞かれてビックリ!なんで判るんじゃ!べつにトレパン姿じゃないし、ちゃんとジーパン履いているし、マラソン用の帽子なんてかぶってないし、どこから見ても普通の青年^^;)だろ?

かわ「え、あ、そうです。」
Nさん「あ、僕もねこれから行くんだよ、サロマへ(えー?うっそー!)。飛行機は、JAL?何時?」
かわ「えーっと、5時50分です。」
Nさん「おっ、同じ便だ。一緒に行こう。Nと申します。」
かわ「あ、かわです。よろしくお願いします。」

 気さくな人で、礼儀正しい人です。良く見るとサロマンブルーのポロシャツを着ています。これは10回完走した人に与えられる名誉なポロシャツです。

Nさん「僕はね、今回で10回目。そのうち一回は代走で走ったからあと2回走ったらサロマンブルーメンバーなんだよね。このポロシャツは誰かに貰ったんだ。誰だったか覚えてないんだけど。」オイオイそんな大切なものをくれた人を忘れんなよ。これからも最後までNさんをあちこちで見かけましたが、自分に声をかけてくれたことが彼にとっては日常なんだなっとよく判りました。すれ違う人毎に声をかけ、笑いかけ、ちょこっと小突くんです。知り合いが増えるわけです。

 羽田空港につくとNさんは他の4人と待ち合わせ。その人たちもマラソンで知り合った人たちだそうです。その人たちに合うとさっそくご挨拶。他のメンバーは女性2人に男性一人、もう一人も男性ですでにセキュリティーを通っているというのです。その女性2人はフルのベストが2時間56分ともう一人が3時間10分と国際レース出場資格を持っているのでまたまたびっくり。並じゃない・・・・。もう一人の男性は、宮古島のウルトラマラソン100kmを2日続けて走ったという超人です。信じられない・・・・・。
 
 羽田空港には、それらしい人が一杯いました。ラフな格好で体つきがスマート。必ずジョギングシューズを履いている。・・・・あれ、そういえば、自分もその範疇ですね。ハハハ。

 Nさんの集団は、北海道の移動は全てレンタカーだそうです。寝泊りは、青年の家と知り合いの家ということで、極めて合理的かつ身軽な旅。あとで身にしみましたが、北海道はバスで回るところではないなっと思いました。

Nさん「来年、もし来るなら仲間に入れてやるよ。」
かわ「お願いします!」

 本当に、今思うとお願いしたい。そんな悲惨な事態が、この先待っているとはこの時思っていませんでした。

 女満別から北見までは空港バスで移動しました。このバスは、飛行機の運行に合わせて出発してくれます。だからよほどのことが無い限り、乗り損ねることはありません。女満別から高速に乗って約40分で北見へ着きました。900円です。

 北見では、ネットで予約した「にしの家」というホテルに泊まりました。個人営業的で旅館という方が言いえているこのホテルには、お客さんが自分ともう一人しかいないようでした。従って、広い共同浴場もトイレもほぼ貸しきり状態で、共同という感じもなく、得した感じでした。やっていけるのだろうか?ちょっと心配になったかわです。

 このホテルに荷物を降ろすとちょっと遅い晩御飯を頂きに街へ出ました。おいしい北海道の幸を食べるのだ!っと意気込みましたが本当はビールを飲みたかったんよね。結局、入ったお店は養老の瀧でした。^^;

 で、頼んだのが、アスパラと枝豆。アスパラは期待ほどではなく、本土で食べるアスパラと変わりはしませんでした。枝豆が凄かった。この枝豆のボリュウムと弾力ときたら、今までに食べたことの無い歯ごたえでした。はちきれんばかりのムチムチな枝豆でした。

 ここ北見の街では、オホーツク塩焼きそばが名物です。その塩焼きそばがメニューにありました。始めは石焼ビビンバかたこ飯も同じ値段であったのでそっちを頼もうかと思いましたが、折角なのでっと塩やきそばを最後の締めで注文しました。
 
 カウンター席に座っていたので、始めから最後までずーっと興味深く作り方を見ていました。ご当地名産というだけにどこか変わった作り方があるのに違いないと・・・。

 ところがどっこいなんの変哲も無い、ただ単に、油で炒めた焼そばです。なんだ、こんなの誰だって作れるじゃないか!

 んでも、お味がなんか違うんでしょう。って期待して食べたら、やっぱり油で炒めた焼そば以外の何物でもありません。がっかり!これならたこ飯にすればよかた。

 失意の中、お勘定を払いに行くと、レジの女の子が、あれは、北見の塩焼そばではありません。養老の瀧のオリジナルレシピです。っと、あわてて私に教えてくれました。北見の塩焼きそばはもっと違って美味しいんですよ、ですって。それを聞くと、本まもんの塩焼きそばをまたいつか食べたくなったのでした。

 2.受け付け兼スタート地点の湧別へ  6月23日(土)  雨のち曇り

 「にしの家」ホテルでは朝食つきコースを頼んでいました。4500円なり。この地区にしてはちょっとお高いですが、朝飯が一杯食べれると思えば安いもんです。15種類のおかずという言葉にも惹かれましたが、なによりカーボローディングです。ご飯をお茶碗に5杯食べました。その後、おトイレにも行ってゆっくりしました。あとは10時20分発の遠軽行きに乗るだけです。チェックアウト制限ギリギリの9時45分ころまで、このホテルに待機していました。

 北見駅のそばにあるバスターミナルから北見バスが出ます。北海道では、こういった駅の近くにあるバスターミナルでは必ず待合所があって暖が取れるようになっているのです(さすが北国)。北見から遠軽までが今回のバス旅行では最長距離の区間です。1650円なり。湧別までのバス便がなく、その近くの遠軽までいって、乗り継ぐのです。途中からはサロマ湖マラソンに参加すると一目でわかるおじさんと2人で貸しきり状態になりました。

 遠軽には12時に着きました。湧別には前夜祭が始まる4時前に入ればいいのですが、1時からホタテの無料配布があるというのでなるべく早く行きたかったのです。遠軽のスーパーで野菜カレーと玄米食パンと牛乳をゲット。これを待合室で食べちゃうと12時50分には湧別経由紋別行きの北紋バスに乗り込みました。

 湧別町役場前で降りると、目の前に会場が見えました。さっそく、受付会場にいくと一杯の応援FAXが貼られていました。22回目ともなると、大会運営側も慣れたもので、手際がいいです。でもメディカルセルフチェックは受け取ってくれませんでした。折角まじめに持ってきたのに・・・。形骸化しているみたいです。運営が慣れてくるとこういう悪いところも出てくるのよね。

 受付を済ませるとさっそくホタテをゲット。でも一人に一個だけ。ホタテを受け取るときにしっかりゼッケンNOのついた名簿に印をつけていました。運営がしっかりしているのはいいんだけど、サプライズが無いのでさびしい。

 貰ったホタテを貝殻ごと横長の七輪の上に乗せ、浜焼きにします。これに出汁をかけて、煮立たせればできあがり。北海道に来た!って感じを受けました。ボランテイアをしてくれた人たちに感謝です。

 会場では、アシックスとランナーズのグッズ販売コーナーがありました。サプリメントや北海道行きに備えて購入した「ひざかんたん」などのテーピングももちろん売っていて、なんでも安くここで揃うなら手ぶらできても大丈夫でした。娘に頼まれていたトレーニングウエアもあったので、写メールを送ったらデザインが気に食わないとNGが送られてガッカリ。
難しい奴だ・・・。折角お安いので、自分用にキャップを1500円なりで買いました。手持ちのキャップは少し小さめで締め付けないといけません。そうすると2、3時間もかぶってると頭が痛くなってくるのです。そこだけが手持ちグッズの気がかりでしたので、今回の購入でそれも解消してGOODでした。

 さて、4時になって前夜祭会場に行くと羽田空港で会ったNさん御一行様と再会しました。やーこんにちは!って明るく挨拶を交わすと当のNさんはとっくに会場へ行ってるとのこと。さすが、飲むことには遅れを取らないNさんです。御一行とともに受付会場から150mほど離れた別の会場に行きました。

 なんと、自分の会社の先輩のMさんがいるではありませんか!お互いすぐに見つけてエー?っと声を上げました。Mさんとは自分が入社してからの付き合いですが守山から転勤になってからはとんとご無沙汰していましたので、偶然の再会にお互いビックリ、っというか呆れてました。こんなところで会うとはねー、ってな感じですよ。そこで、すっかり2人で話しながら、サッポロビールと用意してあった食べ物をとりました。食事は、アスパラや餅などの他に鶏の唐揚げなどもありました。美味しかったのは蕎麦です。地元の人がまたまたボランティアで作ってくれたらしいのです。あっというまに売り切れました。自分はその最後の一人で蕎麦をゲットしてうれしかったです。この蕎麦はちゃんといいそば粉をふんだんに使っていることがわかります。滋賀や神戸でグルメ本に載っていたお店に行きましたが、そんなところよりよっぽど美味しかったです。コシがあり、蕎麦の香りがちゃんとありました。

 5時前には会場を後にして紋別行きのバスに乗りに行きました。今年が始めてというかに汁も食べたかったですが、すっごく並んでいるので諦めました。このバスは急行バスで、さっき降りたバス停より15分ほど歩いたところにある湧別4号線というバス停にしか止まらないのです。そこまで歩いてバスを待っていると10分程して定刻に少し遅れましたがバスがやってきました。

 ほ、やっときた。デイバッグにスポーツバッグを抱えて、今回の受付で貰ったグッズも持つと結構、嵩張ります。それらの荷物を持ち上げてやってくるバスを待つと、なんと、50m程手前の信号でそのバスが曲がっていきます。へっ?違うバスなの?いやそんなことはない、この路線は紋別行きのバスしか来ないはず。なんでー?まってー!っと嵩張る荷物を肩に掛けて、バスを追うため走り出しました。走ってその信号まで行くともうそのバスは、姿形もありませんでした。

 呆然自失。なんで、なんで・・・・?まだ信じられません。ちょっとその信号の先の道路まで行ってみると、ここにも湧別4号線というバス停があるじゃありませんか。なんと同じ名前のバス停が二つもあるのです。湧別町に入る前に紋別へ行く国道がこの信号で曲がるのです。5時19分。このバスの次は7時30分です。えー、2時間も待つ?待てないよ!

 これから行く紋別のホテルでは、ツインの部屋を相部屋で泊まるようにしていました。それでも1泊2万円は近ツリのボッタクリですが、この日の宿泊は、大会前日ともあって何処の旅館も満員でした。旅行会社が抑えているツアーに参加しないと泊まれない格好になっているのです。見知らぬ人との相部屋です。その人が明日に備えて早く寝たいと思っているだろうと思うと、次のバスまで待って8時30分にホテルに着くというのは遅すぎです。8時30分についてお風呂に入って、ご飯を食べ明日の仕度をしたら早くても寝れるのは10時でしょう。明日は夜の2時に起きるとしたら8時台には寝たいはず。だから、無理してまだ前夜祭が終わらない5時に会場を出てきたのに・・・。困った、困った、困った。

 ヒッチハイクをしよう!だめもとで、右手を水平に出して親指を立てたら、一台目から止まったのでビックリ。紋別に行きたいんですというと常呂へ行くんですとすまなそうに言ってくれました。いやいやすみませんはこっちの方です。

 そのあと5台目くらいでまた止まってくれ、紋別に行きたいというと紋別近くまでならいいよ、って言ってくれました。結局、この人は親切にも自分が泊まる紋別セントラルホテルまで送ってくれたのです。感謝感激雨あられ。この人の住んでいるところは湧別のスタート地点のスグそばにある2階建ての家だそうで、いつもスタート時には見守ってくれるそうです。北海道の人のやさしさと心の広さに触れた出来事でした。

 紋別セントラルホテルは、ビジネスホテルとは言いがたいほど設備の整った豪華なホテルでした。部屋に入ると合い方は居ませんでした。お風呂に入って夕ご飯を食べて戻ってみると部屋で会いました。

 意外と若い人でした。ウルトラマラソンは、おじさん、おばさんが多いのです。彼は静岡県伊東の出身で今回が5回目だそうです。さすが5回目となると慣れたもので、仕度にも無駄がありません。彼はここに3泊するそうです。リッチですね。でもそれがゆっくりできる秘訣でしょう。前夜祭のあとやエンディングパーティーの後もツアーバスがホテルに送ってくれますしね。

 彼に何時に寝ますか?っ聞いたら、明日は2時か2時30分には起きたいので、8時30分には寝たいですね、っと。やっぱりそうだよなー。ヒッチハイクに乗せてくれたおじさん、ありがとう。

 8時15分にはベッドに入りました。横になれば何時でも寝れる自分なので、問題ありません。すぐ意識がなくなり夢の中です。

 3.サロマ湖ウルトラマラソンを走る。   6月24日(日) 小雨のち曇りときどき晴れ

 夢を見た記憶もなく、2時15分にベッド横の備え付け目覚ましが鳴って起きました。起きるとすぐに水を飲みます。そうすると自動的におトイレに行きたくなるように体が慣れているのです。これは、海外出張先で起きた後すぐ走らなければならないので、そういう風に体に憶えこませました。見事に5分後には、おトイレでレース前の大事をすませました。それからは体の擦れる場所、足の指周りにワセリンを塗りたくりました。また、自分は膝が弱いので両膝に膝専用の「ひざかんたん」というテーピングをしました。この膝痛対策はレース後の事を考えると、もう少し強化すべきだったと後悔しました。部屋の相方がお弁当を取ってきますっと出て行きました。そうか、お弁当は部屋で食べていくんだ。お弁当っていうから外で食べるものだと思っていましたが部屋で食べるんですね。こういう意味で色々と初参加の自分にとっては相部屋は教わることが多いので正解でした。3時半にはバスが出ますが5時には出走です。走る3時間前には食べておくのが理想ですから、バス中に食べるのは確かに遅すぎです。自分もワセリンを塗り終わるとお弁当を取りにホテルのロビーまで行きました。

 お弁当は、フライなどおかずも充実していて、お味噌汁つきの食べ応え満点なものでした。これがいけなかったんですけど・・・。

 お弁当をすっかり平らげて荷物をまとめ部屋を出ました。このホテルからはリムジンバスが2台出ます。100人以上もこの大会に参加する人が泊まっていたんですね。でも自分のように荷物を全部まとめて出る人は見かけませんでした。どうやら一泊だけではなく、みなさんこのホテルにレース後にまた戻ってくるようです。

 ここから会場までは約30分。日本の北東の果てではもう4時前から明るかったです。会場につくとすでに体育館には人が満員状態で着替えていました。外は傘を差す程ではない小雨が降っていました。初めて参加の会場を歩き回って様子を伺いました。ここで用意しておいたスペシャルドリンクを係りの人に渡します。30、65、80km地点の3箇所に預けることができます。自分はその3箇所に全部預け、手持ちのボトルにもその特製ドリンクを入れました。

 サロマ湖ウルトラマラソンは、日本で初めて100kmマラソンを開催した大会です。世界大会も1998年にここで開かれ、男女に世界記録はどちらも日本人が所有しています。男子は6時間15分、女子は6時間35分で走っちゃうんです。世界記録ですからね。横の写真のモニュメントは1998年の世界ウルトラマラソン大会の開催記念碑です。

 自分を乗せてくれた人の家もすぐに見つけました。本当にスタート地点と目と鼻のさきです。でも車はなかったので昨日は紋別で泊まったんでしょう。朝の4時ころから会場ではアナウンスの声が響いていますから寝れませんよね。近所迷惑な話しですが、それもみんな飲み込んで、この大会を歓迎してくれる住民の人が居るから続けられるのです。

 4時について暇していたので、長蛇の列をなしているトイレに向いました。並んでいる間にストレッチをしていると、今度は現在、所属している川崎の会社の仲間と会いました。彼らは大学時代に陸上部だった高速ランナー、年も若いのです。でもフルマラソンも経験してないので、ちょっと心配でした。果たして彼らは完走できるのだろうか?




 トイレで小さいほうも済ませると、55km地点で受け取る赤い袋とゴール地点で受け取る青い袋をトラックに預けました。55km地点用には着替え様のTシャツとワセリンなどを入れました。人によっては靴をここで履き替えるそうです。熱いときには頭から水を掛けて走るので靴もグショグショになるんだそうです。荷物も済ませるともうすることもありません。いよいよスタート地点に向います。

 さすがにウルトラマラソンです。スタート地点にいる人たちは1分1秒を争うレースとは違い、どこかリラックスムード。おかげでこちらもリラックスムード。腰には、携帯とティッシュペーパーを入れたポーチとスペシャルドリンクが入った500ccのボトルホルダーをつけています。あとで考えると、これが良かったんだか悪かったんだか。でも7,8時間を狙う人はこんな重装備はしていません。

 緊張するまもなくスタートです。ドンドン抜かれていきます。自分はkm6分30秒くらいで始めの1kmを入り、そのあとはずーっとkm5分50秒からkm6分で走りましたが、15km位までは抜かれっぱなし。みなさん元気だこと。

 自分の作戦は、始めの10kmはウォームアップするまでkm6分で走り、そのあとは自分の体調次第でいければkm5分30秒くらいに上げるというものです。

 走り始めてからどうもお腹が張っていることに気が付きました。走っている内にお腹がすいてくるだろう、まだ朝食がお腹に残っているんだと思いましたが、なにか違います。このままでは、腰に巻いた重い荷物にお腹が締め付けられて消化に悪そうだったので、3kmも行かないうちにドリンクホルダーをはずして右手にボトル、左手に腰に巻いてたホルダーを握りながら走りました。
                                                エイドでの風景:黄色のジャケットを着た人たちがボランティアの人。

 ドリンクは、喉が渇かないうちに5km毎を目安に少しづつ飲んでいこうと思っていました。でも幸い今日は雨は上がりましたが、曇りで熱くなりそうもありません。お腹が痛くてガブガブ飲めない今の自分にとってはこの天気は好都合でした。従って、10km過ぎまで一滴も飲まないで走りつづけました。もちろんエイドもパスです。

 なぜ、お腹が痛くなったんだろう?心当たりを探してみました。昨日のホタテの浜焼か?いやいやそれなら昨晩に痛みが来るはず。昨日の前夜祭?うーん、消化に悪いものは食べてない。今朝のお弁当?そうだ!日頃食べてないフライ物が一杯入ってた。それを全部食べたモンなー。自分のお腹はそういう油物に弱いんです。

 5km頃からトイレを探し始めました。どうにもならなくならないうちに出しておいた方がいいと思ったのです。トイレは1から2kmおきにありました。でもなるべく待たないで済ましたいので、並んでるトイレをドンドン、パスして行きました。8kmくらいでしょうかもうガマンできないとトイレの前で止まって待ちました。

 トイレを済ませると気分もよくなり、やっとドリンクホルダーを腰につけられると、走り出しました。そしたらまたまた痛くなり出したので
慌てて、ボトルだけ外して手にもって走りました。やばいなー、でもそのうち治るはず、そうしたら手にもたなくてもよくなるでしょ?
                                                                 竜宮での折り返し

 竜宮を折り返してくる先頭集団に会いました。この辺ではまだ先頭は集団なんだ。それから知っている顔を探しました。Nさんは自分とほぼ同じ位置を走っているはず、さっきのトイレで見かけましたからね。Nさんの友達はもっと速いはず。来た来た、2時間56分の彼女が最初にその後1kmくらい遅れてもう一人の彼女。やっぱりさすがに速い。すると会社の若者も結構いい位置で折り返して行きました。彼にはちょっと速すぎるんでは?

 自分も竜宮を折り返しました。ここら辺で10kmです。折り返すとすぐに向こうから会社の先輩のMさんがやってきて元気に挨拶。そう、まだまだこの辺ではみなさん元気です。15km過ぎ位からkm5分30秒にスピードを上げました。それまでは、始めの2kmを除きkm5分50秒くらいで走っていました。程なくしてさきほどトイレで見かけたNさんを捕獲。この辺りから少しNさんと併走しましたが、Nさんはkm6分以上で走るとバテルからだめなんだ、先に行ってくださいと。さすがウルトラを走りなれてる人は自分をよくわかってるね。

 100kmをkm6分で走ればちょうど10時間です。これに休憩時間を足した時間が自分の記録となる、っていう目安を持って走っている人は多いでしょう。でもこれを実行している、いや、できる人は少ないですね。それができる実力の人は、始めからもうちょっと速めに走ってしまうんです。それで後半バテてもっと遅くなるんです。自分もそう。^^;10時間で走れもしないのにkm5分30秒に上げちゃうんだもの。

 さっきNさんに会う前に、実はチョロッとお尻から出てしまいました。もう水状態です。走っているとお腹がゴロゴロと音を立て始めたのでほんとうにやばい状況でした。ここで、奥の手で手持ちに会った下痢止めを走りながら飲みました。これは助かりました。この大会前に色々の人のHPを見てサロマの体験談を読んだのですが、その一つに走っていてお腹を下した人がいて、途中で応援していた奥さんから下痢止めを貰って助かったという話を読んだのです。それを参考に自分も下痢止めを持って走ろうとポーチに2粒入れておいたのです。

 このあと、10分後には、お腹の痛みもやわらぎました。ここら辺からもう大丈夫、って思ってエイドでアンパンやバナナにも手を出し始めました。その前は、梅干と自分のスペシャルドリンクだけ口に恐る恐る入れていました。おならもできるようになりちょっと安心。でもまだお腹が張っているのが治らず、ドリンクは手に持って走りました。

 お腹が張っていたので、20km過ぎでもう一回、大に行きました。この時はちょこっと形になっていたのでホットしましたが、終わって出てきてもすっきりはしません。トイレから出るとまたさっきまで抜いてきた人達の後方から走ることになります。ですからこの辺は顔なじみになりますね。さっき先に行ってと言ってくれたNさんが前に見えてきました。止まるとあっという間に抜かれるんですね。しかも大だから当たり前です。

 Nさんの後ろにつくと、Nさんは女の人と併走しています。さっき声を掛けたばかりのひとらしく、本当に軟派するのが得意なひとです。自分も軟派されたひとりですけどね。^^;。

 Nさんにふたたび挨拶すると、手にもっているボトルに目が止まったらしく、何が入っているの?って聞いてきました。そうだよね、後生大事に、30kmもずーっと手に持ってるんだから。
「えーと、クエン酸とペプチドです。基本的なやつですよ。」っていうと、ちょっと飲ませてって言われました。じゃ、今度のエイドでっと言って30kmのエイドに到着。このエイドでは預けておいたスペシャルドリンクを受け取ります。この大会で感心したのはスペシャルドリンクがゼッケンNO順に置いてあるので自分のボトルが見つけやすいのです。篠山ではごちゃごちゃに置かれて見失ったこともありましたが、ここではそんなことはありませんでした。

 ここまでにボトルに入れておいた500ccは全部飲んでしまうはずでしたが、お腹の具合が悪いのでそんなに飲めませんでした。結局、500ccの内、100ccはボトルに入らないので捨ててしまいました。あーもったいない。エイドでボトルにドリンクを入れ替えている間にまたNさんが先行していました。うしろから追いつくと、Nさんはまだエイドでもらったコップを片手に持っています。「よかったらどうぞ、結構甘いですよ」って、ボトルを走りながら差し出すと、持っていたコップに入っていたスポーツドリンクをさっと捨てて自分のボトルからスペシャルドリンクを注ぎました。

 「本当だ、甘いね。」っていうとそれから少し併走しましたが、また自分が前に行くことになりました。もうすぐ40kmってとこで止まってストレッチをしました。Nさんが42.195kmの辺りで止まってストレッチをするって言ってたのです。なるほど、積極的に止まってストレッチするもんなんだ、って教えてくれたんです。実は自分も10km毎に止まってストレッチをしようと思っていました。でもトイレ休憩が多く、ここまでに大小混ぜて5回もトイレに行っているので、いまさら止まる気もなくなっていたのです。

 40km過ぎで湖畔沿いの細い道に出たところで歩道に上がってゆっくりとストレッチを行いました。5分も掛けたでしょうか、ストレッチをして走り出すと体が重く、足が逆に固まった感じがします。今から思うと過度の停止は逆効果だと思います。たとえストレッチでもトイレなどで止まる機会があるのだからその時に少しやっておけばいいのです。停止による休憩はエイドに立ち寄って食べ物をもらうか水を掛ける程度の時間だけでそれ以上は、返って脚を固めてしまい、体や心が休憩したくなる病気にかかってしまうだけです。

 42.195kmの経過時間は4時間15分でした。トイレ休憩がなければ4時間は切っているはずです。でもそれだけゆっくりしているので体のダメージはさほどではありません。まだまだ元気です。

 ここらへんからは抜かれっぱなしだった前半がうそのように抜きっぱなしになりました。まだ半分も来ていないのに肩で息をして走っている人もいます。練習不足とペース配分の失敗。これが両輪になって速めの過労に繋がるのです。長距離を走るとなぜ脚が棒になって心拍数があがるのでしょうね。

 これから20kmくらいは長い坂道の連続です。といってもなだらかなので問題ないのですが、くだりは気おつけないと脚に来る衝撃によって後が走れなくなるので抑え気味に走りました。

 このあと、55km地点で大きなエイドがあり、スタートで預けた袋を受け取ることが出来ます。このエイドで、はじめておにぎりがありました。俵型のおにぎりとアンパンの欠片とバナナの欠片を食べてスポーツ飲料のゼリーを飲んで、お決まりの梅干を2つ食べました。折角ならんで赤い袋を貰いましたが、中に入っていたTシャツに着替えるのも面倒だったので、袋を貰うために並んだ時間だけもったいなかったんですが、何も使わずに帰しました。結局、コース最大のエイドも食料ゲット地点のエイドと変わりなく再スタートしました

 このエイドを出るとすぐに上り坂が始まり、このコース最高地点まで上ります。といってもそれほどの高さではないのでなんの感動も無いのですが、ここから下りに入ると前面に空と海と湖が境目が判らない風景が展開し、なんとも不思議、素敵な感じです。これぞサロマ・ブルー。このときは午前中の曇りがうそのように良く晴れていて空も青空でしたので最高の景色でした。

 60km過ぎに入ると一段と疲労感が増して、km6分から6分10秒とkm6分で走れなくなってきました。この湖畔道路に入った頃から2度目のお腹ゴロゴロ状態に突入です。お腹のなかに岩があるような感じで本当に音が聞こえてくるのです。ゴロゴロと。堪らず、2度目の下痢止めを飲みました。もう下痢止めはこれで品切れです。

 下痢止めは良く効きました。飲んだ後すぐにゴロゴロはなくなり、お腹も痛くなくなりました。この辺りから50kmコース組と合流します。合流するとまもなくして、私設エイドがつぎつぎに出てきました。自費で彼ら独自のエイドを作って、飲み物や食べ物、お絞りなどを出してくれ、本当に嬉しいものです。大漁旗がはためく私設エイドや私設エイドのなかでも最大の白帆エイド(ここは金曜日のよるから飲み会をやっています。)自分の家の2階の屋根に登って大漁旗を振り応援してくれる人などなど。いい感じです。このあたりから有難う有難うと自分から応援してくれた人に声を掛けるようになりました。




 あと70kmまでもう少しというところからあと2kmでおしるこあり、の看板が出てきました。あと1kmでおしるこ、おしるこまであとちょっと、とおしるこの押し売り状態。でももちろ無料です。^^;  最後の大きなエイドが72km地点にありました。ここはリゾートホテルが運営してくれており、おしるこの他にそうめんもありました。どっちも食べましたが、初めおしるこに目が行って、順番が逆になり、あとでそうめんを食べました。

 この地点で本日3度目の○○○に行きました。ホテルの中のトイレを借りたので、シャワレットでした。嬉しかったですね。特に3度目だったのでお尻が痛くなってたんです。本当によかった。^^;。

 クスリのおかげで、下痢のおかげでなんにも食べれない、っていう状況にまでは悪化しなかったのが助かりました。6000KCALも使ってしまうウルトラマラソンで食べれないのは命取りです。このエイドを過ぎれば、あとはワッカ草原の入り口80km地点が目標です。ここを10時間以内で入るのがひとつの関門だよって、Nさんから教えてもらっていましたから。

 結局、ここまでボトルは左手に持ちっぱなしです。お腹が張った感覚は最後まで抜けませんでした。30km地点くらいから1km過ぎることに一口スペシャルを飲もうと決めていました。よって、20kmくらい走るとでボトルは空になります。ちょうどスペシャルドリンクの受け取る頃には空になるように計算したのです。

 80km地点まであと2kmというところでまたNさんに追いつきました。またNさんにはトイレ中に抜かれたようです。「お、また会ったね。私はここら辺であの速い女の子達を応援するから先に行って」と言われました。そう、このワッカ草原への道は往復約20kmの完全対向コースでかなり自分より前で走っている人も、後ろで走っている人もこの往復路内のどこかで会って声援を送れるのです。

 80km地点で8時間35分くらいでした。完全にサブ10は無理なことがわかりました。ここからはワッカ草原突端が長く長く感じました。歩いてもいける時間だと思いましたが、歩きに来たんじゃない、走りに来たんだ!と判りきった言葉を頭に浮かばせながらなんとか走りつづけます。

 80km地点の関門を過ぎて林を通り過ぎると前にオホーツク海がパーっと広がりました。思わず感動で立ち止まり、ごそごそとポーチの中の携帯を取り出そうとしてたらよこに居た二人連れの女性に声を掛けられました。「写真ですか?撮りましょう。」って言ってくれました。自分の姿を写真に写す趣味はありませんが、折角の申し出と折角のロケーションとオケージョンなので撮ってもらいました。記念物ですからね。

 ここら辺ですれ違う人は完全にサブ9の人たち。自分より2時間速い人たちですが、中には、え?こんなに遅いスピードなの?っていう人もいます。97kmも走ってくるとこうなるんですね。当の本人もkm6分30秒まで落ち込んでいます。でもときどきkm6分で走ったりと走れない状況ではありません。頭の中では「走りに来たんだ!」と叫んでました。

 ワッカ草原の折り返し地点まであと4kmくらいのところでしょうかNさん御一行の速い女性ランナーに出会いました。「あー、かわ○○さーん!」って声援を送ってくれてありがとー。
やっぱり速いわ、元気だわ。

 折り返し前から雲行きが怪しくなってきました。あたりがまだ2時なのに暗いのです。折り返してから当のNさんご一行に会いました。会社の同僚にも会いました。オー、とかガンバレーっと声を掛け合います。健闘して来たお互いを称えあう、最後のフィナーレにはちょうど良いコースですね。

 最後のエイドでしっかり食べて、あと2kmというところで雨がポツポツ降ってきました。ちょうどそのとき併走となったおじさんに声を掛けました。サロマンブルーメンバーの一人です。

かわ「今年で何回目なんですか」
熊「14回目だよ。」
かわ「へー、凄いですね。」
熊「しかし、なんでこんなことまでして、金払って走らんとあかんのかねー」
かわ(おいおい、好きで来てるんじゃないのかよ!)「いやー、でも自分で好きに100km走ればタダですよ」
熊「それは、できんねー」
かわ「これだけ、エイドや応援体勢が充実していたらお金もかかりますよね。」
熊「そうじゃねー。」
かわ「どちらからの参加ですか?」
熊「熊本じゃよ」
かわ「なら阿蘇山ウルトラマラソンがあるじゃないですか」
熊「あれは走るもんじゃない」
かわ「・・・・すごいのぼりですもんねー・・・(贅沢いうなよ!)」
かわ「あ、あと400mですね、ダウンしてきます。」
っといって、スピードを上げました。トラック一周の距離です。気持ちよくダーッと駆け出しました。
最後のフィニッシュはサファリラリーのゴールのように台になっています。よって気持ちよく駆け抜けるということは出来ませんでしたが
やったという充実感がみなぎりました。ゴール後にフィニッシュメダルをおばさんに掛けてもらいました。誇らしげ?へへへ。そうですね。よくやりましたよ。

 そのあと、チップを靴から外してもらい、ボトルに入った水をもらうと預けていた青い袋をもらって着替えに行きました。今年はカーリング場横のシャワーからお湯が出ました。昨年までは水だったようです。今年は最後に雨が降ってグンと気温が下がったのでお湯が出て何よりです。シャワーには石鹸がぶら下がっていたのでそれで頭と体を洗ってスッキリしました。

 そう、ここ常呂はカーリングで有名なんですよね。あのオリンピックで有名になったカーリング娘たちもこの常呂出身なんですね。 流石、立派な施設でした。

 着替えて会場入り口に戻ると会社の同僚が待っていました。彼は60km地点でリタイアしたそうで悔しそうでした。その他の同僚は全員完走してきました。最後に12時間45分かけてやってきた同僚を待って帰ろうと思いました。会社の先輩のMさんは88km地点でリタイアしたそうです。64km地点からずーっと歩いたそうで悔しそうでした。ウルトラはこれがあるから怖いんですよね。

 会社の同僚2人が打ち上げパーティーに出るというので自分も参加しました。一人は4回目の挑戦で初完走。もう一人は初めてでフルも走ったことが無かったのに見事50kmを完走しました。

 さて、ビールも3杯飲むと気持ちも治まり帰ることにします。同僚の2人はツアーバスが待ってくれているので最後までパーティーに居れますが自分は路線バスで網走に行かなければなりません。7時30分発のバスにのるため、2km先の常呂バスターミナルまで歩きました。

 重い荷物を肩に下げ傘を差しながら夜道を歩くのは100km走った後では泣きたくなるほど辛いです。幸いはビールに酔っていたので神経を少し麻痺させていたことでしょう。

 あ、ここかって意外と近いと思ったバスターミナルの待合所に入ると2人しか居ません。聞くともうバスは来ないというのです。エー!?うそでしょ!!だって時刻表が・・・・って、見せられた時刻表には土日運行休止と注意書きがありました。ドヒャー。どうしたらいいの?っと思っていたらその待合室で待っていた人も同じように来ないバスを待っていたようでタクシーで行くと、網走の途中までだけどそこから乗り継いで行ったらと親切に言ってくれました。

 常呂からその地点までは6000円そこから網走までは4000円。一人でタクシーに乗ったら10000円です。それを思えば安いものです。有難うございます。便乗させていただきます。

 なんとまあ、バスには運がなかった旅行でありました。しっかりもっと調べてから来るべきでしたね。でも、2度とも幸運にというか人の親切に助けられた旅行でした。

 網走では北海ホテルというところに泊まりました。このホテルは北見で泊まったホテルより安い(3300円)のですが、設備も整ってて比較的大きなホテルです。ホテルに着くと荷物を降ろしてからコンビニへ行って、日本酒とビールを買いました。お風呂上りに飲む用です。

 これで今日の長い一日は終わりました。夜になると流石に北海道の雨は寒かったです。
 大会で休憩時間を除いた各5kmのラップは以下のとおり。トイレ休憩で時間が掛かったのと、65過ぎからのペース落下が良くわかります。でも反面、80km、90kmとなってもそれほどペースが落ちなかったのは、自信に繋がります。
         ラップ        公式記録(休憩時間含む)
 0〜5km  30’15”
 5〜10km 29’14”       59’51”
10〜15km 28’54”
15〜20km 27’46”       61’05”
20〜25km 28’36”
25〜30km 28’16”       57’56”
30〜35km 29’03”
35〜40km 29’07”       59’39”
40〜45km 29’37”
45〜50km 28’35”       63’44”
50〜55km 28’35”
55〜60km 28’36”       65’39”
60〜65km 30’12”
65〜70km 29’28”→32’30”の誤り。GPSの計測誤差。一区間だけkm3分30秒で走ったこととなっている。 68’02”
70〜75km 37’02”→トイレを含む
75〜80km 30’49”       71’34”
80〜85km 32’53”
85〜90km 31’07”       65’48” →ここからトイレ休憩などのロスがなくなってラップが速くなっている。
90〜95km 32’17”
95〜100km33’06”       67’53”
〜101.2km 7’54”→65〜70km区間の誤差を抜くと、全走行距離は100.6kmくらい。0.6%はGPSの全体の誤差。
                最後の600mはkm5分22秒で走れた。

 実走行時間約10時間12分30秒、っということは休憩時間の合計が約29分間。

4.帰宅、反省、そして目標。  6月25日(月) 

 朝起きたら、頭が痛い。二日酔いです。久々ですね。あんまり飲んだわけではないのですが、長い間走ったために肝臓が弱っていたのだと思います。お風呂に入ってもすっきりしません。朝8時50分発の女満別行き空港バスに乗らなければいけないのでボヤボヤしていられないのです。二日酔いで最悪の気分の中、ホテルをチェックアウトして出ました。

 ホテルからバスターミナルの間にセブンイレブンがあり、予定ではそこで朝ご飯を買って食べる予定でしたが、そんな気分にはなれずにバスターミナルまで直行しました。またまた歩きで20分くらいかかったでしょうか?昨日のほろ酔い気分でとは大違いの最悪気分なので、おそらくこっちのほうが近いのに随分遠く感じました。

 女満別空港には9時20分ころの到着で10時50分発の搭乗までにはまだまだ時間があります。でもちっとも動く元気がなくずーっと椅子にただただ座っていました。

 セキュティーを早めに通ると明日からのインド行きにちょうど良さそうなチョコレートが売っていたので買いました。成田空港ってあんまり気の利いた贈り物がないのよね。

 飛行機に乗るとNさん御一行とまた会いました。本当に最初から最後まで縁のある方たちでした。来年も会いましょうっと声を掛けてくれて本当にありがたかったです。思い返すとNさんにはお世話になりました。レース中も色々と話をしてくださり助かりました。

 さあ12時には羽田空港へつきました。もうこれで今回のサロマ湖マラソン記はおしまいです。ここで、今回の反省をしたいと思います。来年に向けてしたいこと、気おつけたいことを列記したいと思います。

 ウルトラ用練習について
 1.今回は、4月、5月と走りこみました。次回は6月の10日頃までは走りこもうと思います。また、一回はkm5分15秒位の速さで50k  mを走ってみようと思います。
 2.この時期以外でも月に一度は5時間走をしておくべきでしょう。長い距離を大会の2ヶ月前だけで慣らすというのも難しいでしょう  から。
 前日、当日の行動について
 1.交通の予定表をちゃんと下調べして決めておくべきです。バス停が二つある、土日は運休日があるなどは想定内にしておかな   ければいけません。もうサロマの状況は判りましたが、もし、サロマ以外での出場がある場合には注意ポイントでしょう。
 2.前日から当日の朝ご飯は消化のよいものに限ります。油物、肉類、貝類、生ものは避けましょう。
 3.走る前の準備としては、膝用テーピング、ワセリン塗り、足裏に靴ずれ対策用ジェル付きシート貼りが有効でしょう。
 4.走る服装。筋肉のサポート効果のあるロングタイツ、温度によって半そでかTシャツかノンスリーブか決めましょう。天気のよいと   きは、ノンスリーブでも日焼け止めを塗っておくといいでしょう。靴下はなるべく温度のこもらない薄手で滑りやすいものがいいで   す。靴内の温度が上がると豆が出来やすいです。但し、水で冷やそうとすると皮膚がふやけて破れやすくなるので雨のときは注   意。帽子は雨、晴天のときに必需品。走っている間が長いので天気が変わる可能性もあるのでかぶって走るのが無難でしょう。
 レース時の持ち物について
 1.下痢止め。^^;
 2.スペシャルドリンク、でなければ、固形か粉末の栄養剤とクエン酸
 3.痛み止め。できればお医者さんからもらう強烈なもの。いざという時に使う。
 4.携帯orカメラは、でも今度は封印したいです。
 途中の休憩所への袋の中身
  下痢止め、痛み止めの他、替えのシューズ、Tシャツ(水浸しになったとき)、スペシャルドリンクの予備
 最終ゴールへの荷物
  青い袋に自分のバッグを巻きつけて一緒に預ける。今回はシャワーの後、替えのパンツがなくノーパンでジーパンを履いたのでし  た。^^;
 ゴール後のケア 
  走り終わると満足感(若しくは後悔)で漠然としてしまいます。でも、100kmも走ったんだからちゃんと整理体操やアイシングをす   べきです。自分の場合、2週間も過ぎた今でも膝が痛くて走れませんでした。整理体操やストレッチ、ゴールでもらえる氷袋にてア  イシングを15分くらい行いましょう。

 目標
  そんでもって、来年は9時間切りを狙う。8時間台で走りたい・・・と思います。それでは、また。